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平安時代からつづく神職

五代将軍 徳川綱吉の時代、元禄七年十一月十日

京都吉田神社神祇官長、卜部兼連(吉田兼連)が、

私の先祖「西邑左近 橘 光重」に「出雲須佐神社から勧請した須佐之男命の御分霊を

牛頭天王社に烏帽子 狩衣姿の神社祠官として祀れ」と。

今から約330年前に頂いた裁許状です。

江戸時代の裁許状を持っている神職など中々現代にはおりません。

理由は現在の殆どの神職は明治時代に神職になっているからです。

因みに我家 西邑(橘)家は、平安時代貞観元年(西暦859年)から神職をしておりました。

この裁許状を含めて他も、昭和20年の空襲に遭わずにこれら裁許状が縁戚の「橘家」に残っていたのは奇蹟でした!

令和の現在も「西邑右近 橘 清志」は、神職として、神様と皆様の仲をとり持たせて頂いております!